学問の価値とは

研究者は、価値ある研究をすることが常に要求されている。
研究者の価値は、おおまかには書いた論文の数で評価される。

それはなぜか。
論文というものは研究者どうしのピアレビューで査読される。
他の研究者が「この研究は価値が高い」と評価しなければ査読に通らないのだから、
査読を通った論文は価値が高いと思われる。

しかし、ピアレビューを通ったからといって本当に価値ある論文と言えるだろうか。
無意味な研究をお互いに褒めあう腐敗した研究者コミュニティが存在する場合、
ピアレビューを通っていても無価値である可能性がある。
(時代遅れの学問分野はそうなる危険性があると思う。)

しかし、いちおう、チェック機能がある。
学会の構成員は主に大学の研究者である。
大学の研究者の場合、あまりに学術的価値のない研究にあけくれていると、
周辺分野の教授から構成される教授会で問題にされ淘汰される。
企業の研究者もまあ同じだろう。
したがって、価値のない研究をする研究者コミュニティは
構成員が徐々に減っていき、いつかは消滅するのである。

では、教授会はどういう基準で研究の学術的価値を判断するのか。
教授会の構成メンバーが腐敗することはないのか。(これも実際あるやに聞く。)
また、その価値観は学部ごとに全く異なるだろう。

実はここにもチェック機能がある。
多くの大学は入学志望者は学部単位で志望するから、無意味な学問をやっている学部は志望者が減り、淘汰される!

結論:学問の価値は、受験生が決める。


実際は、それ以外の側面もあると思いますが、そこそこ真実だと思います。
だからこそ多くの大学は、優秀な学生を確保するために真剣に学部の改廃をするのだと思います。

19世紀末、マクスウェルの方程式が完成し、もう物理の基本法則はほぼ解明されたと思われた時期には、理学部志望の学生が減ったんだとか。(その直後、相対論と量子力学の登場で再び大発展しますが。)

最近では、情報工学科の人気の暴落がよく聞かれます。計算機で何ができるかは、もうだいたい分かってきたので、学問としての魅力は減ってきたと私も思います。

脳の研究は、学生の知的好奇心を刺激する今後の成長株だと思いますよー。(^_^)